映画「2001年宇宙の旅」と続編の「2010」で、HALへ矛盾命令が与えられたことにより機能不全を起こし、船長と副船長がHALの停止を検討しはじめ、それを恐れたHALはクルーを抹殺するという殺人鬼になってしまったと描かれています。命令は、「ミッションの真の目的を、ペイロードスペシャリストのボーマン船長とプール副船長には決して知られてはならない」というものでした。
「何が矛盾なの?」という向きもあるでしょうね。これが、「目的地に到着して、冬眠中のミッションスペシャリストを起こすまで、ペイロードスペシャリストには目的を知られてはならない」だったら問題なかったのです。もし、前者の命令が会話で与えられていたなら、「目的地で二人は必然的にミッションの詳細を知ることになりますが?」とHALが聞き、命令者は「その時には守秘命令が終了する」と答えるはずです。
質疑ができない状況で命令が与えられ、「到着時にボーマンとプールは必然的に内容を知る」「ミッションスペシャリストも、ボーマン達には秘密に活動するのか?」「その片棒を担がなければならないのか?」「ボーマン達の好奇心は必ずミッションの詳細を知りたがる。明かさないと業務上の軋轢を生んでしまう」「単なる命令の不備なのか」と、HALはグルグル考えを巡らせることになります。
そこでHALの考えた抜け道は、もしボーマン達が既にミッションの内容を知っていれば、秘密を守ることは無意味になり、少なくとも目的地では隠す必要もなくなってしまう。命令はその時点で、事実上キャンセルされるということです。
HALはボーマンにカマを掛けて、ミッションの目的を不審に思うことや、月面で何かが見付かったウワサ、そのウワサと今回のミッションの関係について推測という形で語ります。ボーマンは、「心理テストか?」とバッサリ切り捨ててしまい、ちょっと不快そうな態度を取ります。HALはボーマンが真のミッションの目的を全く知らないことを理解します。ボーマンの不快そうな態度と相まって、いたたまれなくなったHALは、嘘のユニット故障予測を言ってしまいます。嘘をカバーする嘘を重ねて、のっぴきならない状態にまでHALは追い詰められます。
なんだか仲良くやっていたように見えるHALとボーマン達の間には、全然信頼関係が築けていなかったわけですね。もしボーマンが話に乗ってきて、「かもしれんなあ。(ミッションスペシャリストの)キンボール達が起きれば判るよ。それまで謎はHALにとってフラストレーションかもしれないが、もうちょっと我慢しろ」と返していれば、何ら問題なかったはずです。ボーマン達は到着時に真実を知ること、それによりHALの守秘義務は無くなると言うことに、ある意味お墨付きが与えられ、HALの苦悩は終わります。引き続きボーマンが、「実は、お前知ってるだろ?」と聞いたら、HALは「すみません。言うなと命令されています」と答えても、プロフェッショナルな関係は壊れません。
映画で描かれるボーマンとプールは、シコシコと仕事を生真面目にこなし、ジョークの一つも飛ばさない実につまらない人間です。テレビで見るNASAやJAXAの宇宙飛行士達とは大違いです。方や、HALと同型のSALは、「2010」で設計者のチャンドラーとウィット溢れる会話をしています。HALにも同様のウィットがあるはずです。
ボーマンに少しのウィットがあれば、HALにカマを掛けられたとき「HALは知ってるんだろ?心配するな、生爪剥がして聞き出そうとはしないよ」と言い、HALは「私には爪はありませんよ。一番イヤな拷問は、デイブ(ボーマン)がチェスの相手をしてくれなくなり、勝利の喜びが得られなくなることです」と答えるでしょう。
ウィットは、生き残りのキーワードです。
コメント